天王寺動物園
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ジャンジャン横丁

ジャンジャン横丁(じゃんじゃんよこちょう)は、大阪市浪速区恵美須東3丁目東部を南北に貫く商店街。「ジャンジャン町」とも。新世界の南東部に位置し、「ジャン横」と略される。フェスティバルゲートの東側に当たる。

「ジャンジャン横丁」は通称で、正式には「南陽通商店街」。


この商店街はかつて、新世界中心部と飛田遊廓(国鉄のガードをくぐった南側。1958年廃業)とを結ぶ道筋だった。戦後間もなく、この道沿いには飲み屋や射的の店が立ち並んでいたが、店は遊廓への客に、三味線や太鼓を鳴らして呼び込みをやっていた。この三味線の擬音「ジャンジャン」が,通称の由来である。

林芙美子の小説「めし」の舞台。なお、この作品で初めて、「ジャンジャン横丁」の表記が使われた。それまでは「ジャンジャン町」が主流で、以後、ガイドブックなどに「横丁」の表記が増え始める。

全長約180m。アーケードはあるが、横幅は2.5mほどと非常に狭い。それが却って活気を醸し出しているようでもある。店の前に床机を持ち出して将棋を指す風景も、風物詩の一つ。

飛田遊廓が消えたことで回廊としての役割を成さなくなり、現在はあまり賑わっていない。天王寺駅への通路でもあるが、むしろジャンジャン横丁自体がレトロの観光地となっている。


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通天閣

通天閣(つうてんかく)は、大阪府大阪市浪速区の新世界界隈の中心部に建つ展望塔である。現在、国の文化審議会から通天閣を登録有形文化財として登録するよう答申が出されている。所在地は大阪府大阪市浪速区恵美須東1-18-6。

「通天閣」とは、「天に通じる高い建物」という意味で、命名したのは明治初期の儒学者、藤沢南岳である。

現在の通天閣は二代目で、1956年(昭和31年)に完成した。民間会社の通天閣観光株式会社(つうてんかくかんこう、Tsutenkaku Kanko Co., Ltd.)が運営している。避雷針を含めた高さは103m(塔自体の高さは100m)。設計者は、ほぼ同時期にできた東京タワーなどを設計した内藤多仲である。

完成翌年の1957年(昭和32年)から、塔の側面に総合電機企業の日立製作所が大きく広告を出している。日立が広告を出すようになったのは、当時、地元の大手電機企業(松下電器、三洋電機、シャープなど)に対抗して大阪に進出しようとしていた日立と、資金調達のために長期に渡って広告を出してもらえる大手企業を探していた通天閣観光の思惑が合致したのがきっかけとされる。

近年、大阪には超高層ビルが多く出現し、また老朽化もあいまって目立たなくなりつつある通天閣であるが、現在でも大阪の象徴の一つとしてその威光を放っており、レトロを楽しむ大阪の観光コースの一つにもなっている

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慶沢園

慶沢園(けいたくえん)は明治41年から名匠小川治兵衛により作庭された日本庭園。命名は伏見宮貞愛親王。

大阪府大阪市天王寺区の住友家茶臼山本邸庭園として、明治41年に木津聿斎の設計、小川治兵衛の作庭により造園が開始された林泉回遊式の近代日本庭園である。大小3つの島が浮かぶ池の周囲の林間を回遊し鑑賞する様式の、全国から名石・名木を集めた広大な庭園は完成までに10年を費やし、完成後間もない大正10年に住友家から隣接する茶臼山とともに大阪市に寄贈された。

現在は昭和11年に園の隣地に建設された歴史主義建築の大阪市立美術館とともに天王寺公園に組み込まれ、一般に公開されている。

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大阪市立美術館

大阪市立美術館(おおさかしりつびじゅつかん)は、大阪市天王寺区にある美術館。館の所在地は住友家本邸のあった場所で、住友家から美術館の建設を目的に日本庭園「慶沢園」とともに敷地を寄贈され、1936年に開館した。

日本の国公立美術館の中でも歴史は古く、美術団体展や大規模企画展の貸し会場となるだけではなくコレクションを持ち常設展示をする意向が当初からあった。市による購入の他、主に大阪市民などのコレクターの寄付で8000点を超える収蔵品が形成されてきた。仏教美術、エトルリアなど地中海文明の美術、充実した中国の絵画や書、日本の江戸期・明治以降の絵画、ほか金工・漆工・陶磁など貴重な工芸品を数多く有する東洋美術の宝庫である。


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